宝沼歌劇団 第4話│花子の理性が試される!?ポーチに現実を詰め込んで

・この物語はAIにより作成したプロットを採用し、AIと協働して執筆しています。
・掲載されているイラストはAIにより作成されています。
 ※無断使用・転載は固くお断りいたします。

前回のストーリー

準備ってなに!?

花子は鏡の前で、自分の頬を指で押した。

会社員の頬だ。

会議資料の締め切りに追われ、午前十時に当落で情緒が乱高下する頬だ。

舞台に立つ頬ではない。

花子は声を落として言った。

「準備って、なに?」

鏡は何も返さない。

銀色の文字も戻らない。

寝よう。

まずは寝て、明日も働く。

花子はそう決めて、歯を磨き、照明を落とした。

だが布団に入ると、脳が勝手に舞台袖の黒服を並べはじめる。

黒い幕。

黒い床。

無言の手。

早替わりの熱。

そこへ、鏡の銀文字が重なる。

化粧前。

準備。

その二語だけが、頭の中で大きくなる。

――そして、いつもの朝がくる。

顔を洗い、髪をまとめ、いつもの化粧をする。

化粧前へ行く、いや仕事へ行くために化粧をする。

花子の手はいつもより丁寧に動いた。

ファンという生き物は、目的が分からないままでも、なぜか身だしなみだけは整える。

その朝の鏡は普通だった。

銀色の光は出てこない。

花子は拍子抜けしたものの、少しだけ安心もしていた。

花子は顔を洗いながら、鏡の自分に問いかけた。

準備とは何だ。

心の準備か。

服の準備か。

それとも、いまさら化粧の準備か。

五十二歳の会社員が、出勤前から化粧前のことを考えて肌を整えている。

ワクワクしながらメイクにいそしんだのはいつ頃までだっただろう?

花子はふと考える。

いまやコンシーラーでシミを隠し、筋肉が緩んで沈みがちなまぶたをマスカラでグイッと持ち上げ、目立たない程度のリップをひと塗り――

オシャレとは程遠い、外へ出るための、もはや義務だ。

でも今日だけはなぜだかワクワクしている。

花子はなぜか丁寧に化粧水を重ねた。

もし今夜、せっぴーのいる宝沼の化粧前に落ちるなら、肌の調子がいいほうが礼儀だと思ってしまう自分に「だれもあんたのこと気にしてないから」とツッコミをいれながら、花子の心はすでに迷子になっていた。

会社では、いつものように目まぐるしく仕事に追われる1日が始まる。

でも、パソコンのキーボードを叩く指が何度も止まってしまう。

会議の予定を見ていても、頭の片隅で「化粧前」が踊る。

化粧前。

言葉は知っていても、もちろん足を踏み入れたことはない。

スターたちがひしめく「その場の空気」を想像すると、勝手に背筋が伸びる。

職場での花子は、今日も静かだった。

静かと言っても、声を出さないわけではない。

ただ、椅子を引く音や、引き出しを閉める音を出さないように小さく。

なぜならば、舞台袖のあの空気感が、ほんのりまだ体に残っているからだ。

昼休み、給湯室でポットのお湯を継ぎ足していると、鏡面のように磨かれた電子レンジの扉に自分の顔が映った。

花子は反射で覗き込み、すぐにやめた。

ここで銀色の光が飛び出して来たら、社会的に、終わる。

花子の想像力は、都合の悪い方向にだけ元気だ。

そのとき、由紀子からの電話が鳴る。

由紀子が電話をかけてくるときは、たいてい「急に話したいことがある」ときだ。

花子は非常口から階段の踊り場に出た。

「花子、今日、夜いける?」

由紀子の声はいつも通り乾いている。

だが、どこか楽しそうだ。

「いけるけど、どうした?」

「昨日の『変な夢』の続き、聞きたい。面白かったから」

由紀子は平然と「面白かった」と言い切ったが、花子にしてみれば、その面白い話は“契約”を交わした重要案件だ。

「梨沙も呼ぶね。楓さんも」

「楓さん、最近家のことでバタバタしてるって言ってたけど、大丈夫かな?」

「さっき聞いたら大丈夫だって」

さすがの根回しだ。

カフェでのひととき

定時。

花子は仕事を片付け、駅前で三人と合流した。

梨沙は相変わらずきっちりしたジャケットで、歩幅が迷いなく一定だ。

楓は淡い色のストールを巻き、花子を見るなり目尻を下げた。

由紀子は無言で手を上げるだけで挨拶を済ませる。

4人は駅前の小さなカフェに入った。

外が寒いので、席は奥の方の、外から風の入って来ない場所を選ぶ。

それぞれに温かい飲み物を注文して、たわいもない会話を交わす。

全員の飲み物が揃ったところで、待ってましたとばかりに由紀子が口火を切る。

「で。夢の続きは?」

梨沙はコーヒーに砂糖をひとさじ入れてから、花子を見る。

楓は微笑みながら花子に視線を向けている。

花子はまず、言い方を選ぶ必要があった。

妖精だの、契約だの、と言っても、話が宙を舞うにちがいない。

しかも、証拠がない。

あるのは、自分の記憶と、体が覚えている変な感覚だけだった。

「夢って言ってたけどね。昨日の夜、続きが来たの」

由紀子が目を細める。

「夢の連載!?花子の脳って天才?」(笑)

「かもね。」

花子は確信的な笑みを浮かべ、はなしを続ける。。

「洗面所の鏡に、文字が出た」

楓がまばたきをした。

梨沙は眉をわずかに上げる。

由紀子は即座の質問返し。

「文字? 誰が書いたの?」

「分からない。勝手に光って、勝手に出てきた」

花子は銀色の光を表現したくて、両手を広げた。

梨沙が淡々とし様子で質問する。

「内容は?」

花子は短く答えた。

「次は化粧前。準備してね」

由紀子が吹き出しかけて、慌てて口元を押さえた。

「化粧前。言い回しが出演者」

梨沙も呆れたように頷く。

花子はその場の微妙な空気をなんとかしようと、思わず声を張る。

「でしょ!? 分かる? そーなの、だから困ってる」

自分の声の大きさにハッとして、少し声を落としながら続ける。

「化粧前に行けるってすごくない?でもさ、準備って何?ってはなしよ」

楓が頷いた。

「準備ねぇ― ―、よく寝ることじゃない?寝ないと夢を見られないから」

珍しく楓が皮肉っぽく笑う。

花子はカップを両手で包んだ。

熱が指先に伝わる。

人の手は、温かい。

舞台も同じだ。

あの舞台袖で見たのは、機械ではなく人の手だった。

そして確かに私は舞台袖にいた、はずの感覚が残っている。

でも、そんなことが目の前の三人に伝わるわけもなく。

自分でも分かっている。

梨沙が、鞄からペンを取り出し、紙ナプキンに小さく丸を描いた。

彼女が考えごとをするときの癖だ。

「夢にしてもなんにしても、準備にはふた通りあるよね」

「ふた通り?」

「そう、ふた通り。外見の準備と、心の準備」

梨沙は、そう言いながら花子のほうにペン先を向ける。

「花子が考えてるのって、たぶん、外見のほうじゃない?」

花子は目をそらした。

図星を刺されると、人は目をそらす。

由紀子が楽しそうに笑う。

「いつもより多めに化粧水つけるとか、寝る前にパックしなくちゃとか?」

「そりゃね、ちょっとは……、いや、ちがうよ!」

「ほんとに?」

「ちがうってば、マジで!!」

慌てて否定しながら、花子は言葉を続ける。

「でもさ、化粧前って言われたら、化粧の準備って思わない?」

梨沙は呆れたように首を横に振る。

「花子が夢の中で行くのは、花子の化粧前じゃないでしょ。彼女たちの化粧前」

彼女たち――

花子の心臓が小さく太鼓を鳴らした。

紲瀬ひなたも、その中にいる。

花子はカップに残っていたコーヒーをいっきに飲み干した。

楓が、花子の顔を見ながら言う。

「準備って、気持ちの姿勢かもしれないよね」

「気持ちの姿勢?」

「例えば、勝手に触らない。勝手に話しかけない。勝手に近づかない」

楓は言葉を短く区切った。

なんだかあの契約書に似ている。

花子は即座に小さく頷く。

それは、花子の中にもすでにある感覚だったからだ。

「近づけないのに行くの?」

由紀子が不思議そうに言う。

花子よりも前に梨沙がその問いに答える。

「行くからこそ、近づかない」

「なにそれ」

由紀子が笑う。

すると今度は、楓が間髪入れずに同調する。

「でも分かるな。ほら、お茶会に行く前とか、妙に姿勢正すじゃない?」

「わたしは別に正してないよ。推しを近くで見るために生きてる」

「正してるよ。由紀子は一番『失礼にならない』を守ってるタイプだと思うよ」

梨沙に突っ込まれた由紀子は、一瞬黙ってから少し顔をそむけた。

「でもそれは……、当然のことで……」

楓が笑って、カップを両手で包む。

「ほら。準備って、そういうことかも」

花子の中で、いくつかの具体的準備案が並びはじめる。

香りの強い柔軟剤を避ける。

揺れるアクセサリーを外す。

髪が落ちないようにまとめる。

音の鳴るキーホルダーをバッグやポーチに着けない。

手元を清潔にして、爪を短くする。

そして、開演中はおしゃべりはしない。

どれだけときめいても、感動しても、声を上げない。

どれも、観劇のときにもやってきたことだ。

由紀子が急に顔を上げた。

「じゃあ花子、今から練習ね」

「何の?」

「無音で絶叫する練習」

「それは毎日やってる。会社で」

「じゃあ、十分、適性あるから大丈夫!」

3人は顔を見合わせて笑った。

ポーチに現実を詰め込んで

喫茶店を出ると、夜風が冷たかった。

花子は地元の駅から自宅へ向かう途中、ドラッグストアに立ち寄った。

店内は明るく、冬の空気より少しだけ温かい。

棚に並ぶグッズは、どれも目が合う。

目が合うとなんでも買いそうになる。

花子は目線を棚からちょっとだけずらし、必要なものだけに集中する。

黒いヘアゴム。

無地のハンカチ。

香りの強くないハンドクリーム。

薬用のリップクリーム。

のど飴。

ミントのタブレット。

そしてなぜか、絆創膏。

遠征慣れした宝塚ヌマのファンは、だいたい先回りして完璧な準備をするものだ。

あちらの世界に“落ちる”ときに怪我するかもしれないし。

さて、これで準備はOK。

帰宅すると、花子は靴を脱いで、まず部屋の明かりをつけた。

カバンを置き、コートを丁寧にハンガーに掛ける。

机の上に出したポーチのキーホルダーの音が、今日はやけに耳障りだ。

それほど音が鳴るわけではないが、外してしまえ。

腕時計を外し、洗面所で手を洗い、食事よりもまずは爪を切る。

短く整えた指先を見ると、少しだけ気持ちが落ち着く気がした。

いつもの手順でメイクを落とし、鏡の前に立つ。

昨日と同じ場所。

同じ角度。

銀色の光は出てこない。

花子は少しだけ肩の力を抜く。

力を抜いた瞬間、鏡の端が、ほんのわずかな光を放ったかと思うと、光は線になり、線は文字になった。

花子はゆっくりと深呼吸して、大きく息を吐いた。 

――準備、できた?

花子がその問いに答える間もなく文字は光の中に消えていく。

「きょうはきっとくる!」

急いでいつもの“経済的な夕食”を済ませ、花子はソファに深く座った。

ドキドキしながらルヨンクのページをゆっくりとめくる指が、心なしか緊張しているのが自分でも分かる。

そして銀橋の端が、銀色にキラリと反射する。

来る!

願望が確信に変わる。

花子の心臓が勝手に爆音で太鼓を叩きまくる。

そして姿勢を正す。

さぁ、こい。

銀色の筋が、紙の上から空中へと勢いよく伸びてゆく。

その裂け目から、ちょこん、と小さな影が落ちる。

「こんばんは」

低いのに、どこか優しいあの声だ。

手のひらサイズの妖精。

銀色のティアラ。

燕尾みたいなマント。

仕事ができそうな目。

シルビーが、花子のポーチの上に座っている。

「そこ、座る場所じゃないよね」

花子が言うと、シルビーは小さく肩をすくめた。

「ポーチは便利だねよ。きみの現実が詰まってる」

「現実は詰めたくないわ」

「でも詰まってるよね。のど飴も、ミントも、絆創膏も」

花子はポーチをそっと手に握りしめる。

「準備はできた?」

「たぶん」

不安げな様子でシルビーを見る花子。

「大丈夫。化粧前では、目と耳だけ使ってね」

「約束は同じ?」

「うん。声を出さない。手を出さない。勝手に動かない。外ではしゃぎ過ぎない」

そしてまた、あの銀色の契約書の文字が浮かぶ。

“あちら側”へと落ちていく合図だ。

花子がそっと署名欄に指先で触れると、ひんやりとして、でも、すぐに温かさが指を伝う。

そしてその瞬間がやって来る。

辺り一面が銀色に染まり、花子は思わず両手を握りしめ、歯を食いしばった。

「動かないでね、それがいちばん助かるから」

シルビーの声に、花子は瞬きだけで返事をするのだった。

暗い通路。

床は固い。

壁際に、衣装が覆いをかけられて並んでいる。

遠くから、声にならない気配が流れてくる。

息づかい。

椅子のきしみ。

ブラシが何かを撫でる音。

花子は、ゆっくり顔を上げた。

化粧前――

鏡がずらりと並び、灯りが顔を照らす。

その灯りは舞台の光とは違う。

飾らない明るさで、肌の調子まで正直に映してしまう。

花子は、自分の心が勝手に正座して背筋を伸ばしているのを感じた。

何人もの組子が、黙々と支度をしている。

花子の視線が、ひときわ奥の席に吸い寄せられていく。

紲瀬ひなた。

せっぴーが、きっとこの部屋のどこかで鏡に向かっている。

叫びたい。

叫べない。

ここでは、常に花子の理性が試される。

花子は慌てて、手に握りしめたポーチからミントのタブレットを取り出し、一粒を口に放り込んだ。

落ち着け、わたし――。


【宝沼歌劇団 第5話│組長・桐生みやび登場!静けさと笑いと悔しさと】の更新予定は2/5です。

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
ブログランキング・にほんブログ村へ
おすすめの記事